絶対不可避のバッドエンド?

その扉の向こうに、何かがあると思っていた。
多かれ少なかれ、誰もが何かしらの存在をその向こうに期待していた。
そう。期待して「いた」。

「何――これ」

掠れた様な嬰の声は、それでも精一杯振りしぼった結果だろう。
ない。
何も無い。
扉を開いたその先には、ただただ溺れるほどの闇だけが存在していた。

「会長さん、道開き間違えたっスか?」

茉莉華も軽口を叩いてみるものの、表情はすぐれない。
返答を期待していない呟きだったが、予想外の場所から返答が合った。

「失敬じゃのう。これだけは間違えようとしても出来ぬ話よ」

真後ろ。
慌てて振り返ればそこに、紛れも無い柳霧弓弦その人が立っていた。

「……っ?! な、なんでここに居るっスか?!」
「会長は学校から出られないのでは無いのですか?」

夏夜も、というよりはここに居る生徒全員が同じ疑問を持っただろう。

「“あちら”ではの。ここは我らの力の根源。夢世界を展開していた力を個人レベルにまで縮小したゆえ、少し余力が出来たというわけじゃ」

余裕そうに笑ってはいるが、万全ではないのだろう。彼のまとう空気にほんの微かなラグが見えた。

「ここはゆめじがいる――いえ、居た事は確かな空間」

同じく転移したらしき紅羽が思案顔で腕を組む。

「居ないとすればそれは……」

慧も同じく歩みを止め、確かな確信でもって己の中の結論を音にする。
同じ空間、異なる場所で、3校の会長は全く同じ言葉を口にした。

「「「ゆめじがゆめじとして、既に存在していないケース」」」

その言葉は、特権者達に衝撃を与えるに十分だった。

「待ってください!それじゃ今まで聞いた説明と辻褄が合わないです!」

峯秋の声には隠しきれない動揺が色濃く出ていた。

「だって、会長達はゆめじと契約して力を――特権を得てるんですよね?!」

ゆめじがいないのであれば夢世界も存在せず、特権だってとっくに無くなってるはず。

「それに、わっちらはゆめじの声を聞いていんす。それをどう説明するんでありんすか?」

守達は言外に問う。自分達が、転入生達が聞いていたゆめじの声を偽物だと言うのか?と

「そう捲くし立てるでない。おぬしらを疑っておるわけではないわ」

声に含まれた戸惑いと苛立ちに気付いたのか、弓弦は口端に笑みを滲ませた。

「これは想定内のケースだ。最も――」

慧の言葉の続きを、紅羽が引き継ぐ。

「想定していた中でも、最悪のケースですけれど」

表情と声に、苦さを混ぜながら。

・・・

ずっと、気になる事があったと彼らは言う。

「神の様な力を使うとはいえ、ゆめじは小さな子どもじゃ。死してなお夢世界を展開するだけの力が合っても、45年も維持し続けられるとは思えぬ」

奇跡というのは永久機関ではない。なにかしらの対価を元に起こされているのだ。
そのある意味奇跡の塊の様な世界を展開しているだけならまだしも、人を引きずりこみ、特権者にレテを倒され続けている。力は少しずつ消耗しているはずなのだ。
会長達が絶望的な状況下でも戦い続けた理由は、いつかゆめじが力尽きると信じていた事もあるだろう。
45年単身で耐えられ続ける程の力があるのなら、夢路町のみならず世界中が夢世界に呑まれていてもおかしくない。

ならば何故、夢世界も特権も無くならないのか。理由は単純明快である。

“何らかの方法でゆめじの力を利用している、第三者がいるから”

「主ら、我を刺した時に言うておったろう。“あいつの言う事は聞きたくない”“あの人も嫌だと言っていた”との」

「あいつ」と「あの人」。同じ人物を指すのであればわざわざ変える必要がない。示していた対象が違うからこそ、言い分けたのだ。

「恐らくお前達は本能的に分かっていたんだ。脳裏に与えられる指示に時折、声が2つ重なっていた事に」

慧の言葉に、転入生達は各々思考にふける表情を見せた。大なり小なり、声に思うところがあったのかもしれない。

「なら、その重なった声というのは――」
「ウフフフフッ、くふふふふっ。いいね、いいねぇその表情。その絶望。その戸惑いぃ」

誰かが言いかけたとの瞬間、場違いに明るい声が響いた。笑い声なのに感情のない、聞き覚えのある声。

「老若男女皆々様お揃い……ん?あれ?老はいないねぇ若い子だけだねぇ」

パッと闇の中を切り裂くようにスポットライトに照らされた空間が一点出現する。中央に立つのはバクの被りものをしたそれ。

「さー皆様ご清聴! ステージもいよいよラスボス戦に入ってまいりました〜!」

ケラケラケラとそれは嗤う。男の様にも、女の様にも、老いている様にも、子どもの様にも聴こえる声。

「対立していた三校がついに協力?!ライバルと協力して最も強大な敵に挑む!さぁ全ての元凶たるラスボスは一体誰なのか!」

世界全てを馬鹿にするように、存在全てを嘲笑う様に、それは続ける。

「だーけーど残念でした〜!連載はここで打ち切り強制終了バッドエンド!」

チャッチャチャーン!と軽快な音楽がどこかから鳴る。

「夢世界の崩壊はぁ、ゆめじの“目覚め”が必須じょーけん! でっも〜君達は〜ゆめじに会えまっセーン!」

なっぜならー、と何処までもふざけたテンションで、獏はパンパンッと手を鳴らした。
2つめのスポットライトに照らしだされた場所。

「なぜならぁ、かわいいかわいい哀れでお馬鹿なゆめじちゃんは〜この中だからで〜す!」

ゴボリ、と水音がした。
複数の機械に接続された“球体”。一見すると黒い水が入っているようにしか見えないそれは、時折、鼓動を打つかのように仄かに明滅していた。

「まさか――」

誰かが、小さな声で口にした。
まさか、これが、彼女なのか。

「あっははははははははははは!そう!そうだよそうだよイエスイエス!これだよ!おかしいよね!もう人でもないくせに、心は有るんだよ?!ほらほら君たちも聞いたでしょ声をさ!人は見た目じゃない!中身だよねぇアハハハハハハ!」

嘲笑う。侮辱する。踏みにじる。圧倒的な狂気だけがそこにはあった。

「さてさてあさってしあさって〜! それじゃあ巻いていきまっしょー!ボク特製“哀情たっぷりラスボスステージ!〜ポロリもあるよ〜”!カモォーン!」

ジャーン! と再びどこかから謎の音が鳴り、世界が切り替わる。
闇しか無かった場所に明確に地面が出現し、バクの隣には今まで無かった人影が合った。
よく知った、知っていた。ずっと、記憶にあった、その人影は。

「か、いちょう――?」

矢纏椿、葛西迅、楢崎朱音。先代会長達の姿がそこにあった。
偽物だと分かっている。だが、どうしようもない懐かしさが、たまらなく胸を締め付ける。

「君達の大好きな会長様だよぉ〜!そしてなんと〜ボクは攻撃受けても死にませーん!ボクは死にませーん!アハハハハ……あーつまんねーチート乙乙」

くるくるくると回りながら、壊れたラジオの様にそれは話し続ける。

「よーし決めた!偉大なる女神の様なボクからのぉ〜大サービス!ボクのぉ正体を言い当てられたら、ボクの無効化は消滅します!やだすごい!心広い!超太っ腹!」

でも、と無駄な動きを止めて、バクは嗤う。

「どうせむりだけどね〜だって君らは……オレがボクがワタシがアタシが誰かなんてわからないでしょ?」

突然声から笑いが消える。スイッチが切り替わったように、酷く無感動に、無感情に、それは言った。

「さぁ遊ぼう。1年前のやり直し、全ての虚を真実に。夢を本物にする偉大な実験の続きをさ」

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