嵐の始まり〜虚無の少年〜

「どういうことだ。貴様たちは何者だ」

生徒会室に入るなり、慧は刃のように鋭い声音を放った。
射抜く様な眼光を向けられた青年、三門明雅王は視線をそらして声を震わせる。

「やめて……僕は何も悪くないのに、どうしてそんな風に睨むの……?」
「とぼける事を許可した覚えはない。加えて、忘れたとも言わせない」

距離を詰め、慧は更に追及する。問い詰めているのは、昨日の夢世界で起こった事だ。

『何これ……どうなってるわけ?!』
「雪柳? 状況を報告しろ。何かあったのか?」
『どうしたもこうしたも! 三門明君がいきなり――ぐっ!』

苦悶の声が聴こえ、すぐさま視界を共有する。地面との距離が酷く近い。
視界がゆっくり上がったかと思えばすぐに下に向く所をみるあたり、どうやら上から何かで押さえつけられているようだ。
だが、彼の上に何かが乗っている様子は無い。となると、魔法等の類だろうか。

「撤退しろ雪柳。こちらで――」

強制転移を発動させ、共有した雪柳の視界にもノイズがはしる。ぼやけた視界の向こうに見えたのは、雪柳にむかって手をかざして何か力を発動している三門明の姿だった。

「生徒として登録はされている。だが、皐月院の特権者にあのような技は出来ない。会長たる俺もお前達を特権者と認めていない。ならお前達は、何者だ?」
「ちょっとちょっと、あるじさまにこれ以上近づかないでもらえますかねマジで」

慧の追及から庇う様に前に出たのは丙月斎だ。声こそ軽いが、あと一歩でも慧が近づこうとすれば容赦なく排除する事も躊躇わないという無言の意志が感じられる。
だがそれに臆する慧でもなく、真っ向から睨みつけた。

「貴様も答えろ。何の目的でここにいる?何故特権者を狙う?」
「目的っつっても、俺は“あの人”とあるじさまのために生きてるって言ったよな? 別に狙ってるわけじゃなくて、必要だからやってるだけだし」

そもそも、と丙月斎は慧を見る。

「何でここにいる? って、転入許可証だしたのそっちじゃね?」

その言葉に慧は一瞬口を開きかけ、忌々しげに歯噛みして視線をそらした。
彼らしからぬ態度に眼前の二人が訝しげな顔をしたのも束の間。

「当然だ。資格があり、望む者を拒まない。それが契約だからな」

答えは予想外の方向から返された。3人しかいないはずの室内に響いた4人目の声。必然的に3者の視線は闖入者に向かう。

「この学校の生徒ではないな。誰だ貴様」
「隠 国守。どうせ忘れるんだから覚えなくてもいいがな」

慧の言葉に、少年――国守は淡々と答える。
言葉通り、異質な少年だった。黒髪に所々メッシュを入れた様な白色。黒眸の下に入れられた黒いライン。カーキのシャツに迷彩ズボン。どこにでもいそうな少年に見えるが、放つ雰囲気は深い暗闇の様だ。
明確な違和感があるとすれば腕に付けられた腕章だ。まるで共学の紋章を逆さにした形。黒字に白抜きされた腕章の位置を直しながら、国守は三門明と丙月斎を一瞥した。

「可哀想に。全てを忘れ、失っても、消えないほどの執着があったのにな」
「何だと……?」

慧が眉をひそめたが、国守は目蓋を閉じて肩を竦めるだけだった。

「――まぁ、どうでもいいことだ。それよりも、無駄な足掻きは止めることだな」

互いの喉元にナイフを突きつけ合った様に緊迫した空気。指先一つでも動かせば切り裂かれそうな緊張感の中、ほんの微かに口元に笑みを滲ませて国守は告げる。

「真実を探すとか言っているそうだが、真実を告げられず、何も知らないあいつらに、一体何が出来るというんだ?」

国守が姿を消し、転入生2人も去り、生徒会室に佇むのは慧一人。
誰もいない室内で、慧は拳を血がにじむほどに固く握りしめ続けていた。

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