嵐の始まり〜そして彼の行く路は〜
「必要以上に構わなければよいだけの話じゃ」転入生による相次ぐ襲撃。その一連を聞いた弓弦はいつもと変わらない柔和な笑みでそう返した。
「テメェはそれでいいかもしれねぇが、こっちが迷惑なんだよ」
余程襲撃に迷惑しているのだろう。苛立たしげに呉翁・ソア・霏翠は言った。
9月1日から転入してきた生徒。その全員が夢世界を行き来し、特権とよく似た――だが共学生徒とは明らかに違う力を行使する。
レテには目もくれずに特権者ばかりを狙う転入生。
謎しかないその存在を会長がどれだけ掴んでいるか、生徒達は全く分からない状態だった。
「会長、何か彼らについて知っている事は無いのですか?」
飯田テオの言葉に、弓弦は何か考える仕草を見せたあと問い返した。
「お主らは何か知っておる事――いや、思いだした事は無いかの?」
「思いだす……?」
変わった言い回しに思わずテオは首を傾げた。助けを請う様に霏翠を見れば、同じように戸惑う様な視線が返ってくる。
「思いだした、って……。失われた7日間と関係があるってことか?」
霏翠が聞き返すが、弓弦は微かに微笑んだだけだった。
心なしかその笑みがいつもよりも寂しそうに見えたのは気のせいだっただろうか。
だが問いを重ねる前に、弓弦の方が先に口を開いた。
「転入生に関してはこちらでも調べておく。お主らは深入りせず、あしらってやれ。なに、危なくなれば我に任せればよい」
募る疑問をゆるりと避け、生徒達が帰った後弓弦は深く息を吐いた。背もたれに深く体重をかけ、天井を仰ぐ。
「飾弓 柔一、綺羅川唖玖、曲輪街 守達……」
呟くのは報告を受けた転入生の名前。次々と名を上げながら、弓弦は遠くを見る様に目を細める。
「そうか……。だが、やはり――」
『あーあー、かわいそーう。内緒にされちゃって、何にも見えない聴こえないままー』
クスクスクスと少女の嗤い声が室内に響く。気配に反応した時には既に、弓弦は夢世界に引きずり込まれていた。
夢世界の生徒会室に立つ右手右足が異形の少女――夢寐は
「……話す必要がないだけじゃ。彼らに背負わせるつもりも、手遅れにするつもりもない」
「無駄よぉ。どうせ結果は変わらないもの。それに――」
ふ、と意識の死角をついたように一息に距離を詰めた夢寐は、弓弦の耳元で囁く。
「ほんとは怖いんでしょう? だって、本当の事話したら、嫌われちゃうものねぇ?」
「……消えよ、人形」
視線を合わせぬまま、彼らしからぬ冷ややかな声でそれだけ告げる。夢寐は気分を害した様子も無く、ニィと深い笑みを見せて回る様に距離を取った。
「貴方だっていつかそうなるわ。だって、――なんですもの」
言葉の一部は聞き取れず、夢寐は溶けるように姿を消した。元の世界に戻った弓弦は優雅な動作で扇子を開き、口元を隠しながら外に広がる夕暮れの空を見上げる。
「さて、そろそろ我もどうすべきか決めねばならぬのかもしれんのう」
徐々に宵へと向かう空を、弓弦はただ静かに見つめていた。