支配者は境界を越えるー私立皐月院中学校・高校ー

その部屋はいつも時すら凍ったかのような冷えた空気が満ちている。
普段ならそんな無機質な生徒会室に、感情を全て捨てたかのような表情の慧が冷然と座しているのだが――。

「ん?」

生徒会室の扉を開けた弥生蓮は、部屋の主がいない事に驚きを見せ、それから数秒も経たないうちに合点のいった表情を浮かべた。

「そうか。今日から中央区に行くと言っていたな」

蓮が数日前に告げられた事を思い返している時、生徒会室の主である慧は昇降口にいた。制服を乱れなく着こなした彼は背後から向けられる視線に気づき、冷ややかな感情の浮いた瞳をそちらに向ける。

「あれ? 会長、脱・ひきこもり? 外に出れるの? 大丈夫〜?」

開口一番、神経を逆なでするような台詞を吐いたのは波事要哉だ。なまずの面をつけた奇妙な生徒。同じクラスにいながら本心をうかがい知れないその青年の姿に、慧は眉を寄せる。

「応える必要性と有用性を感じない問いだな、波事。会話の意志があるならもう少しまともな質問をしろ」
「じゃあ、こんなのはどう〜?」

淡々と下駄箱から靴を出す慧を見ながら要哉は口端の片方だけを引き上げる。

「何で会長は俺たちに『不在の間備えておけ』なんて言ったわけ? なんか隠してたり?」

意識して見なければ分からないほど微かに慧の手が止まる。だがそれを指摘するより先に慧が口を開く。

「それも無益な質問だ。トラブルがあれば個々で対処する。当然の事だと思うが?」

話す事は無いとばかりに要哉に背を向けて、慧は昇降口を出る。部活に励む生徒、真っすぐ岐路につく生徒。様々な日常を送る生徒達の間を進んでいると、様々な会話が慧の耳に届く。

「なぁなぁ俺の必殺技、どんなんが良いと思う?」
「弥緒のか……って、待て。必殺技っているか?」

無邪気な柏木弥緒と、冷静にツッコむ花水城 真琴。二人とも特権者とはいえ新入生で、夢世界の異常など気付くはずもない。無論、夢世界自体が異常だといえばその通りではあるが。
夢世界の異常――レテや堕ちる人々が例年にないほど増加しているという事実。そしてその原因は間違いなく昨年末の失われた7日間にあると慧はふんでいた。

「(恐らく……いや、失われた記憶が均一な所を見ると確実に、年末の事件は人為的に起こされた。犯人は特権者以外にありえない。三校会議で取っ掛かりでも見つかれば早いが――)」

失われた7日間の真相を掴む。何をおいても果たしたいと願うそれさえなければ、

「誰がこんな――――をするものか」

慧の呟きは風にまぎれて誰の耳にも届かない。
彼自身それ以上何かを告げる気は無かったようで、慧は鞄を握り直すと校門を――校内と外を分かつその境界を、越えた。

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