全ての夢見る者たちへ〜聖フィアナ〜
「生徒会選挙とかしなくちゃいけないなぁ」ぽつりとこぼした朱音の言葉の意味が、紅羽は最初分からなかった。
「どういうことですの?」
記憶の断片。少しずつ削られていく己の魂を感じていただろうに、ただの1度も悟らせなかった強い少女。
朱音はいつもの気丈な笑みを浮かべて紅羽に語ってくれた。
「いや、今は会長って一番強い特権者が選ばれるでしょ? でも、夢世界が無くなったら特権者もいなくなるわけだし、選挙とかいるなぁって」
そうしたら専用の委員会とかもいるよね。一般生徒にどう説明しようかなぁ、とぼやく彼女を見ながら紅羽はクスリと笑う。
「それは、きっと大変ですわね」
「でしょう? 夢世界が無くなった方が大変ってどうなのって感じよね」
迷惑そうな口調に反して朱音は笑顔だ。
20年以上続いている夢世界を消す。それを夢物語だと紅羽は言わなかった。
人は夢を叶える生き物だ。飛行機で空を飛んだように。潜水艦で深海へ潜る様に。
彼女なら、夢物語を現実にしてしまえるのではないだろうかと、そう思っていたのだ。
・・・
「ゆめじによって大量に堕とされた――。辻褄は合いますわね」
生徒会長室で紅羽は呟く。思考しているのは先日の堕ちた特権者達と失われた7日間についてだ。
ゆめじは「人形」を欲しがっている。チャンスがあれば全員を堕とそうとする事もあるだろう。
何の問題も無い。そのはずなのだ。
「でも、そうだとするなら、何故私達は無事でしたの……?」
考えればおかしなことばかりだ。
客観的に考えて、先代達は敗北し、自分達は堕ちた。『げーむおーばー』その声を聞いた者も何人もいる。
100歩譲って何らかの手段で戻ったと考えても、まだ無視できない疑問が残る。
「何故あちらは失われた7日間を求める事を拒むのかしら」
随分過剰な反応だと紅羽は思う。
元々ゆめじのゲームは堕ちた生徒を救う「宝探し」だ。ならば宝が人から記憶に変わったところで問題はないはずだ。
だが、9月には転入生などという型破りな方法まで使って止めようとしてきた。隠ぺいへの異常な執着。
それはまるで、
「まるで、失われた7日間に居合わせた特権者を全て消したいとでもいうように」
その間の記憶に、ばれては困る不都合があるとでもいう様に。
幼い子ども、しかも狂った少女には随分と似合わない。もっと理性的な、欲望に満ちた人間的な思惑を紅羽は感じていた。
「本当に、これはゆめじがしていることですの――?」
違えてはいけない。おそらく最後の選択だ。最後の手札を切った以上、違えれば全てが零に返る。
堂々巡りになりかけた思考を切り裂くように、紅羽の携帯が鳴る。
会議通話になっている。表示された名前を一瞥して通話ボタンを押す。
少しの間沈黙した後、紅羽は頷いた。
「同意するのは甚だ不本意ですけれど、私も思っておりましたの」
一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。
「ゆめじへの道を展開しましょう。私達は、知らなければならない」
最後の欠片を、手に入れなければ。