全ての夢見る者たちへ〜皐月院〜
「なぁ慧、青春してぇなぁ」正直、意味が分からなかった。
「……はい?」
全ての責任を、全ての負債を一人で背負いながら決して何も弱音を吐かなかった先代、葛西迅。
彼がまだ生徒会長室に居た時の記憶。
「事務処理がめんどくさいからと現実逃避をしないで頂けますか」
「逃避してねぇってやってるって!ちょっとめんどいけどやってるって!」
冷ややかな応対に慌てた調子で返しながら、迅は言葉を続けた。
「夢世界とか特権者とかそういうの抜きでさ、普通に楽しい事したり時にはぶつかったり、そういう普通の青春がしてぇなって話だって」
「普通の青春だとしても、この書類は無くなりませんが」
ばっさりと切り捨てると、迅は不貞腐れた様な声を上げて「そういう世界になってもお前は変わらないんだろうなぁ」と笑った。
その時は何も返さなかったが、思った事だけは覚えている。
どんな世界になっても変わらないのは、きっと貴方も同じでしょう、と。
・・・
「――夢か」
ひやりとした空気が肌に触れた。目蓋を上げれば、見慣れた生徒会長室が視界に映る。
最後の離脱者を確認した後の記憶がない。恐らく緊張の糸が切れたのだろうと推測できる。
今まではその程度で眠る事など無かったのだが、余程負担が大きかったのだろうか。
だが同時に確信できたこともある。
「やはり、あちらに生徒が堕ちると負担が増すな」
生徒が堕ちる――あちら側へ行ってしまった瞬間、全身の力が一気に抜かれた様な感覚に襲われた。
上級特権を解放した時も近い感覚を味わったが、恐らくこれが魂の消耗というやつなのだろう。
そして、もう一つ確信した事がある。
「――会長達が敗北したのは俺たちが原因か」
おかしいと思っていたのだ。負けると分かっている戦いに臨む程、先代たちは愚かではない。
タイムリミットが迫って自棄になったとも考えられるが、そんな顔つきではなかったと意識している。
加えて、彼らの力は歴代の中でも最強に近かっただろう。なのに敗北した理由が分からなかった。
「失われた7日間の中で、俺たちはあちら側に堕とされた……」
そこで力を奪われたのだろう。そして、負けた。
生徒から報告はあがっていた。闇の中に堕ちる、記憶。日時を思い出せたものはまだいなかったが、普通に考えて最終日で――
「いや、待て……。おかしい」
慧の瞳が静かに見開かれる。弾かれた様に立ちあがって生徒達の記憶データを確認する。書庫から書類を引き抜いた勢いでファイルが床に散らばったが気にする余裕も無かった。
「無い、無い、こいつも、こいつもデータがない……っ」
めくる。めくる。書類を机に広げた状態で、慧は呆然と呟いた。
「どうして気付かなかったんだ……。失われたのは、7日間ではない――っ」
失われた記憶は12月24日から31日。つまり、8日間だ。
しかし、31日の記憶は誰も開示出来ていない。失われたのではなく、データ自体が存在しない。
ここから考えられる推測は1つ。
「会長達が負けたのは、俺たちが堕ちたのは、12月――30日……?」
失われた7日間と、存在しない1日。
その事実は新たな疑問を慧の中に生んだ。
「だとすれば、何故俺たちはここにいる……? 何故、柳霧は先代から記憶を継承されている――?」
30日に負け、慧達が継承したのであれば31日の記憶はあるはずだ。だが、データがない以上31日に特権者達は堕ちていた最中という事になる。先代たちが負け、事情を知る者がいないのならば、自分達はどうやって帰ってきたというのか。
「それに、俺は継承する時、あの人に会っている――」
断片的な記憶。それでも確かに迅会長から託された、あの記憶は何だと言うのか。
「まだ結論を出すには足りないのか――?」
呟いたと同時、携帯が激しく振動する。着信画面を確認して微かに眉間にしわを寄せ、それでも通話ボタンに指を当てた。
向こうからの声を聞いた後、慧は静かに口を開く。
「こちらも1つ、提案がある。腹立たしいが、恐らく貴様と同じ提案だ」