全ての夢見る者たちへ〜夢路第一〜

「弓弦。ボクはね、全部終わったら花見がしたいなぁ」

あまりに唐突な言葉だった。
まだ先代、矢纏椿が全てを背負い、生徒会長の椅子に座していた頃の記憶。

「この戦いが終わったら、という“ふらぐ”というやつですかの会長殿」
「おや、未来を信じる意識は大切だよ。明確な意識が無ければ人は力を発揮できないからね」

まだ一介の特権者であった弓弦の呆れを含ませた声に、聞いた椿は大人びた笑みを浮かべて応える。

「ボク達は君達に話していない事が沢山ある。たぶん、話したらすごく怒る様な、重要な事を」

重要な事について椿は語らず、弓弦もまた訊ねなかった。言わないと決めたら断固として口を開かない。彼女がそういう人だと分かっていたからこそ、訊かなかった。
だから知らなかった。彼女がどれだけの事を抱えていたのかを。

「だからまずはそれを片づける。全て終わったら皆に話して――多分凄く怒られると思うけど――もし、許してもらえるのなら、皆で花見をしたいんだ」

両指を組んで口元にあてて、どこか遠い目をしながら望みを語る椿。まるで祈る様にも見えた姿が、今もなお弓弦の脳裏に焼き付いて離れない。

・・・

「堕ちた者達はあらかた戻って来れた様じゃな」

現実と夢世界にいる特権者達の気配を確かめて、弓弦は安堵の息を吐く。
いきなり全員堕とされるのは誤算だったし、こちらへどれだけ戻って来られるかも未知数だった。

「あちらもなりふり構ってはいられぬという訳か……?」

弓弦が語った内容は禁忌中の禁忌だ。あの話を聞いて、夢世界を継続させたい生徒はそういない。
「永遠」を願うゆめじにとって、「変化」は何よりも止めたい事態だろう。終焉などもってのほかだ。
だがその止め方に違和感がある。
いや、違う。
本当は、違和感など最初からずっとあった。

「……そもそも何故我らは7日間の記憶が失われていると認知出来ておる?」

全てを失った会長は皆に忘れ去られる。現に、生徒達は先々代の生徒会長を誰も覚えていない。
「忘れる」というのは、「忘れた事への違和感さえ失わせる」事だ。全員がある日突然その人の事を忘れ、想い出に穴が開いたとしても違和感を抱かせない。
存在を丸ごと削除する。それが夢世界の忘却だ。
しかし、今回の場合は全員が何かを「失った」事を認知していた。だからこそ今回の様な騒動が起こったと言っても過言ではない。

「椿会長が何か仕掛けた……? いや、ありえぬか」

口をついて出た言葉を自身で否定する。歴代の会長達が何も出来ずにむざむざ死んでいったわけではない。どんな事をしても、そのことごとくを消されてきたのだ。記憶の継承、ただその一点を除いて。

「何じゃ、この違和感は……。今回の事は本当にゆめじが起こしたのか?」

気味が悪い。何かとんでもないピースが欠けている気がする。
この選択だけは間違ってはいけない。本能がそう告げていた。

「……知らねばならぬ。大博打にも程があるが……信じるしかあるまい」

弓弦は携帯を操作し、耳に当てる。数回のコール音の後、声が聴こえた。

「――我じゃ。提案があるんじゃが、聞く気はあるかのう?」

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